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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2954号 判決 1975年10月24日

原告 熊木喜八郎

被告 桐渕昌明

右訴訟代理人弁護士 石野隆春

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

被告は原告に対し一三四万七二〇〇円とこれに対する昭和三七年四月二三日以降その支払いがすむまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決と仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

(原告)

請求の原因

一  原告は、訴外中村要(以下訴外中村という)を通じて被告に対し、昭和四一年一二月八日四九万七〇〇〇円を、昭和四二年二月二〇日八五万円を各貸渡した。

仮に、右貸金が被告に対する貸金でないとすれば、訴外中村に対する貸金である。

二  右金員貸付に際し、原告は次の小切手および約束手形を受け取った。

(一) (小切手)振出人菱和設備工業株式会社、金額八五万円、振出日昭和四二年二月二〇日、支払人株式会社第一相互銀行(本店営業部)、

(二) (約束手形)振出人株式会社藤木、第一裏書人、第二裏書人ともに菱和設備株式会社、金額四九万七二〇〇円、満期昭和四二年三月三〇日、支払場所神田信用金庫新宿支店、

三  右小切手および約束手形は、いずれも支払人または支払場所に呈示して支払を求めたが支払いを拒絶されその支払いが得られなかった。

四  被告は、昭和四一年一一月ころ、当時訴外菱和設備株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役であった訴外中村に対し、訴外会社の名義上の代表取締役に就任することを承諾し、同訴外人に対し、その旨の登記手続上必要な書類を預け、これに基いて、昭和四一年一二月二〇日被告が訴外会社の代表取締役に就任した旨の登記がなされ、同日訴外中村は訴外会社の代表取締役を辞任した。

五  第一項(一)の小切手が振り出されたころ訴外会社の当座預金口座の預金残高は僅かに二八〇〇円であり、同項(二)の約束手形の裏書がなされた当時の同口座の預金残高は僅少で、訴外会社の資産は当時不動産は全くなく、有体動産としては椅子三個、机二個程度で、営業目的である水道工事の仕事は殆んどやっていなかった状態であったうえ、昭和四二年一月三〇日から昭和四二年三月一日までの間に数百万円の支払い見込のない約束手形、小切手を振り出していたもので、第一項(一)、(二)の小切手および約束手形の振出、裏書当時いずれもその支払および満期における裏書の責任を果すことができない状態にあった。

なお訴外会社は、設立の当初より被告と訴外中村が共謀して、金員の詐取を企図して設立されたもので、会社本来の営業は殆んどせず、手形で金員を借り歩き、設立後僅か三ヶ月で倒産した会社である。

六  第一項(一)、(二)の小切手および約束手形の支払いが拒絶された結果原告は右小切手金額および手形金額の合計に相当する一三四万七二〇〇円の損害を被った。

七  被告は第五項記載のとおり、訴外会社が右小切手金、および手形金の支払いができない状態にあることを知りながら、訴外会社の代表取締役として右小切手の振出および約束手形の裏書をなしたもので、右は訴外会社の代表取締役としてなすべき職務の執行につき重大な過失があったものというべきで、その結果原告は前項記載の損害を被った。

よって、商法二六六条の三の定めるところにより被告に対し、その損害金の支払いを求める。

なお、被告が名目上の代表取締役であったからといってその責を免れるものではない。

八  仮に、被告が訴外会社の代表取締役に就任したのではなく、取締役にすぎなかったとしても、前記のとおり訴外中村と意を通じて訴外会社の右放慢な小切手の振出、手形の裏書をなし、或は、これを黙認放置していたもので、右は被告が悪意または重大な過失によって、取締役としての訴外会社に対する善良な管理者としての義務並びに忠実義務を怠ったものというべく、その結果原告は右損害を被った。

よって、商法二六六条の三によりその損害賠償を求める。

九  以上のとおりであるから、被告に対し、右損害金一三四万円とこれに対する、本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四七年四月二三日以降その支払いがすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告)

請求原因に対する認否

一  請求原因第一項本文の事実および同第二、第四、第七項の事実は否認する。

二  同第八項の事実は否認する。被告は、訴外中村の要請により、同訴外人が経営していた空調配管関係の事業につき、技術的相談役となること、右事業につき株式会社組織とするため取締役の一人となることを求められこれを承諾した。

右会社は空調関係の業務を行うものとの説明を受けそのように理解していたので、手形売買など金融の業務をするなどは被告において想像もされないことで、その予見すらできなかった。従って、原告に対し損害を与うべきことなど認識したことも、これを予見することもできなかったもので被告には原告主張の責任はない。

第三証拠の提出援用≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によると次のような事実が認められる。

原告は、昭和四一年秋ころ訴外山本某から、「手形割引をすると商売よりもうかる」といわれて訴外中村を紹介され、知り合った。当時訴外中村は冷暖房設備工事を目的とする訴外会社の代表取締役をしていた。原告は同訴外人から約束手形の割引を依頼され、そのころ約一七回位にわけて合計二七〇〇万円の割引をした。そのような関係にあったところ、昭和四一年一二月八日ころ原告は右中村の依頼により金額四九万七二〇〇円、振出人株式会社藤木代表者八木寿雄、振出日昭和四一年一二月八日支払期日昭和四二年三月三〇日、支払地東京都新宿区、支払場所神田信用金庫新宿支店の記載があり、裏書欄に菱和設備株式会社代表取締役桐渕昌明の記載のある約束手形一通を同訴外人より受取ってこれを割引き、更に昭和四二年二月二〇日ころ同訴外人の依頼により、金額八五万円、振出人菱和設備工業株式会社代表取締役桐渕昌明、振出日昭和四二年二月二〇日、支払人株式会社第一相互銀行(本店営業部)持参人払の記載のある小切手一通を受け取ってこれを割引いた。その後右約束手形は支払期日に、小切手は昭和四二年二月二〇日に各支払場所および支払人に呈示されたが、いずれも取引解約後の理由で支払を拒絶されたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

≪証拠省略≫および、右小切手および約束手形が解約の理由で支払拒絶となっている事実を総合すると、訴外会社は、都内市ヶ谷田町に事務所を持っていたが、昭和四一年一二月ころは、会社の営業目的である冷暖房設備の販売、工事等の仕事は殆んどせず、訴外中村において、訴外会社の名で約束手形の割引等をしており、同月二〇日ころからは右事務所も閉鎖し、特に資産もない状態で、原告に対し、前記手形および小切手の割引を依頼した当時、これらが呈示された際その支払いをする見込みのない状態にあったものと認められる。

そこで被告の責任について検討する。

≪証拠省略≫によると、訴外会社は、昭和四一年一二月九日設立の登記がなされ、訴外中村が代表取締役に就任したが、同月二〇日同訴外人が代表取締役を辞任して、同日被告が代って取締役に就任し、同時に代表取締役に就任した旨昭和四二年一月一七日登記がされていることが認められる。

ところで被告が、訴外会社の株主総会で取締役に選任されたことおよび取締役会で代表取締役に選任されたことを認めるに足りる証拠は何ら見当らず、≪証拠省略≫によると、被告は、従来冷暖房給排水空調関係の技術者として、その種の会社に勤めていたが、その一つである訴外日本熱機工業株式会社に勤務していたところ、同会社の経理、営業を担当の取締役をしていた訴外中村から、いずれ自分で同種会社を設立したときは手伝って欲しいと言われていたところ、被告が右訴外日本熱機工業を辞めた後の昭和四一年一〇月か一一月ころ、訴外中村から被告に新会社を設立することになったので技術者として援けて欲しい旨の話があり、その後、新会社につき取締役の数が足りないので取締役になって貰いたい旨の依頼があり被告はこれを承諾した。代表取締役には訴外中村が就任するとの話であった。そのような話の後の昭和四一年一二月二〇日、訴外中村から被告に対し、取締役会の議事録に必要であるから被告の印を持参してくれとの依頼があり、被告はこれを持参したが、書類が完成していないとの理由で被告は印を訴外中村に預けた。以上のような事実が認められ、これに反する証拠はない。

以上の事実からすると、被告が訴外会社の代表取締役に就任した旨の前記登記は、正規の選任手続に基いたものではないばかりでなく、何ら被告の意思に基かないものであり、被告は訴外会社の正当な代表取締役としてはもとより、形式上もその地位にあったものとは認め難く、代表取締役としてその責任を問うことはできないものというべきである。

よって、次に取締役としての責任の有無について検討する。

被告が、訴外会社の取締役として正当な手続に従って選任されたものと認められないことは既に認定したとおりであるが、被告が訴外中村に対し訴外会社の取締役に就任することを承諾し、これに基いて右取締役の登記がなされたこともまた右認定のとおりである。

してみると、被告は正当な手続によって選任された訴外会社の取締役と認めることはできないにしても、取締役に就任することを承諾し、取締役であることを表示された者として、取締役に準じてその責を負うべきものと考えられる。

≪証拠省略≫中、右小切手および約束手形の割引をした際、訴外中村と共に被告が同席したかのような供述があるが、右供述はその供述内容からして明確な記憶に基くものと認められないし、≪証拠省略≫に照らしても信用し難く、他に被告が中村と意を通じて右小切手を振出し、約束手形に裏書をしたものと認めるに足りる証拠は見当らない。

既に認定した各事実と、≪証拠省略≫を総合すると、次のように認められ、これに反する証拠はない。

被告が、訴外会社の取締役に就任することを承諾するに至った経緯は既に認定したとおりであるが、被告は訴外中村に求められて昭和四一年一二月一九日訴外会社の事務所に印を持参したが、訴外中村の要求で印を預けて帰り、翌日印を返して貰いたいと考えて訴外会社に電話をしたが電話が通じないため訴外会社に赴いたところ、訴外会社は事務所を閉じて訴外中村に会うことができなかった。その後再三訴外会社の事務所を訪ねたが同じ状態のため訴外中村に会うことができないまま現在に至っている。原告が割引いた右約束手形、小切手はこのような状態で訴外中村によって、代表取締役を被告として振出或は裏書がなされた。訴外中村は訴外会社の名で原告より、昭和四一年一一月ころから合計二七〇〇万円位の手形割引を受けていたが、会社の本来の目的である冷暖房設備の販売、工事などは殆んどせず、手形割引による資金集めを企図していた。以上のとおり認められる。

以上の事実から判断すると、被告が、訴外中村の依頼により、訴外会社の資産営業内容等会社の実態を調査せず、また訴外中村の意図にも注意を払わないで訴外会社の取締役に就任することを承諾したのは軽卒のそしりを免れ得ないけれども、本件小切手および手形の割引はいずれも、訴外中村が訴外会社の事務所を閉じて、被告にその所在が知れない状態にしたうえでなしたもので被告が予め訴外中村のこのような行為を察知し、これを防止すべき措置をとらなかったとしても、これをもって取締役としての職務の遂行につき重大な過失があったものということはできない。

なお、昭和四一年一二月八日貸付けた四九万七〇〇〇円については、被告が訴外会社の取締役に就任した旨登記されている同年一二月二〇日より以前であり、証拠を検討しても、被告が事実上も訴外会社の取締役と称し、或はその職務に就いていたと認めるに足りる証拠は何ら見当らないから、取締役としての責任を問うことはできない。

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないものというべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

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